へたれゲーム貴族

未知の世界への鍵(ゲーム)を手に。

ゲームと友達「Diablo・柳澤君編」

昔夢中になったゲームにまつわる、友達のエピソードを書いていく。
今回は海外の名作ハクスラシリーズの、Diabloを一緒に遊んだ柳澤君のお話(過去の記事を詳細にしたもの)。


当時はまだ子供だった頃。
ゲーム雑誌に付いてきた袋とじ攻略のデータを見て、何がなんでもプレイしたいという欲求に駆られたのが、Diabloというゲームのプレステ版。Diabloにはこの頃プレイしたどのゲームよりも、目新しく斬新なシステムが搭載されていた。

それは手に入る装備品の能力や、追加効果がランダムで変化するというもので、現在では珍しいシステムではないが、当時においては唯一無二の画期的な仕組みで、タクマ少年は驚愕した。

どうしてもソフトを手に入れたいと、情熱に突き動かされ中古ショップを頼る事に。
西武池袋線大泉学園から新宿線武蔵関、上石神井まで、述べ7,8件ほど探すもアテはなく、大雨の中自転車で駆け回り、全身はびしょ濡れ。

武蔵関の駅ビル内ゲームショップを探し見つからず外に出ると、濡れ雑巾みたいになってる僕を見たマッサージ屋のおじさんが「良かったらうちで休憩していきなさい」と優しく声をかけてくれた。
タオルを借りて、コーヒー(飲めるか聞かれて強がって飲めるって言った)をごちそうになる。ゲームを探してびしょ濡れになった事を話すと「そんなになるほど探すなんて、よっぽど面白いゲームなんだねえ」と微笑んでくれた事を覚えている。

ショップを何件も駆け回り最終的にはDiabloを購入できたのだが、買ったお店までは思い出すことが出来ない。東伏見駅間近のゲームショップ(確か桃太郎みたいな名前…)だったか、大通りのGEOだったか、大泉学園の自転車置き場通りにあった中古ショップかのいずれかだったと思う。

ついに入手したDiabloを心躍らせてプレイし、その魅力に虜になった僕は毎晩夜更かしして攻略に勤しみ、高難易度のナイトメアモードを簡単に攻略できるようになる。さらに難しいヘルモードを攻略中に若干の飽きが来てソフトをCDケースに眠らせる事とした。


当時僕には柳澤君という友達がいた。

彼とは小学校の頃からの付き合いだが、通っている学校は違う。どうやって知り合ったかは詳しく思い出せない。高橋君という友達とよく一緒にいて三人で遊んでいたが、僕と柳澤君の二人で遊ぶ事も多かった。

彼は一学年年下だが、僕とは比べ物にならないくらいめちゃくちゃに喧嘩が強かった。少し乱暴者の気もあって、ゲームの話題でお互い盛り上がれる・僕の方が年上、という二点が無ければ、すぐにぶん殴られていたであろう。

彼は勉強が苦手なタイプであったが、大人でも理解しきるのに時間のかかる"タクティクスオウガの難解なストーリーを理解しており、しかも、作中に登場する民族やら戦争の背景やらを正しく教える事ができる"という謎の才能を持っており、ゲーム方面に関しては僕と同じように変な底力を発揮する、親近感も覚える不思議なやつでもあったから、付き合いづらいだけの後輩では無かった。

しかしながら機嫌が悪いとビシビシと擬音を声に出しながら人を小突くいたり、「ランスアタ~~ック!」と叫びながら軽く膝蹴りをしてくる癖があり、年上なのに微妙に顔色を伺わなければならなかったのは少し嫌だった。
(ちなみになぜ中学生の彼が、有名成人向けゲームの主人公の必殺技であるランスアタックを知っていたかは未だに不明なままである)

そんな彼がある日若干不機嫌そうに「ゲーム貸して」と言い放つ。

僕はDiabloのことを思い出して、その日のうちにそれを貸した。いくらゲーマーの柳澤といえど、Diabloは難しくて出来るまい…という若干のいたずら心とともに。

Diabloを貸して一か月ほど時が過ぎた頃、柳澤君はまるで別人のように変わっていた。

Diabloにあまりにも熱中した彼は毎日のように僕を協力プレイに誘い、乱暴な行動はなりを潜め、お菓子もジュースも奢ってくれる有り様で、中身が別人と入れ替わったと表現しても良いくらいだった。
(彼は複雑な家庭環境を抱えていたが、ちょうどこの時期によその子供から見てもなんとなくそれが解決したと思わせる雰囲気が見てとれたのでDiabloだけでなく生活環境にもよるものかもしれない)

誰だって呂布が子リスみたいになっていたら驚くだろうし、当時は柳澤君が大人しくなって一緒にゲームが出来て楽しかったから気にも留めてなかったが、今思い返すととんでもない豹変だったなと思う。

そんな彼と毎日のようにDiabloを協力プレイし、彼の母におやつを作って貰ったりして、ちょっと遅めの夜7時までたくさん遊んだことをDiabloというタイトルを耳にする度に思い出す。

彼とは色々なゲームを遊んだ。お互いゲームセンターが好きで東伏見には良く通ったし、世間的にはクソゲーと認定されている「スペクトラルタワー」の話が出来たのも彼くらいだ。二人して「モンスターコンプリワールド伝説獣の穴」に熱中した事など忘れられない。

僕が高校生になる頃に、彼は元の家より1kmくらいちょっと先へ引っ越した。それほど遠くは無かったがお互いの都合上、会う機会は減っていき、高校卒業の頃には連絡を取る事もなくなってしまった。

高校を卒業して専門学校生になった僕は、一度だけ池袋のゲーセンでZガンダムの対戦ゲームに、連れの友人と一緒に興じる柳澤君の姿を見た。あんなに仲が良かったはずなのに、声をかけることが出来なかった。知らない人と仲良くしている姿に、なんとなく気おくれを感じたのだ。それ以来彼の姿は一度も目にしてはいない。

少し乱暴で付き合い辛かった彼が、一本のゲームを通じて態度が変わったこと。
休みの日は一日中二人でDiablo攻略に勤しんだこと。

本当に色々な思い出があったのを忘れないし、あの時Diabloを買わなかったら、彼とここまで仲良く出来なかったかもなぁ、と考えると運命のめぐり合わせって不思議だな、と思ったりするのだった。