小学生の頃、ユウキ君という同級生がいた。
スポーツが好きで勉強は苦手、やや短気で何かあるとすぐ手が出る足が出るといったタイプの子で、特段僕と仲が良いわけではなかった。
しかしそんな間柄でも、唯一「ゲームが好き」という共通点で互いを家に招きあったりしてゲームを楽しんだ事もあった。少年時代におけるゲームのコミュニケーションツールとしての強さたるや。
ユウキ君はその気質もあり、クラスではちょっと怖い子というイメージを持たれていたのだが、実は本当に怖いのはユウキ君そのものではなかった。
ユウキ君の兄。
それは当時、僕らのクラスで恐怖の象徴として語られていた人物だった。
曰く
・1人で5人とケンカして全員を殴り倒し血の海に沈めた。
・殺傷能力の高い恐ろしい凶器を持っている。
・中学生にしてバイクを乗り回している。
と様々な伝説がまことしやかに囁かれていたのだった。
こんな兄を持っているというのだから、ユウキ君自体に逆らったり楯突いたりする事も得策ではない……当時の僕たちクラスメイトはそういった認識を持っていた。
ある日の事。
僕はユウキ君に呼ばれ、彼の家で一緒に星のカービィスーパーデラックスに興じていた。
未だにはっきりと覚えている、洞窟大作戦と刹那の見切りを交互に遊んでいた時だった。
「おう。お前がタクマだな。ちょっときてくれ」
階段から降りてきて居間のテレビでゲームに興じる僕に声を投げかけたのは、ユウキ君にそっくりの髪形をした、彼がそのまま5年間ほど成長したような、背の高い中学生~高校生ほどの青年だった。今思い出すと、ビジュアル系バンドのボーカルに荒々しさを大さじ5杯ほど加えた感じの見た目をしていた。陰のある怖さというか。ストリートファイター3rdのレミーを知ってます?あれに似てます。
そう、彼こそがユウキ兄である。
「お前ゲーム上手いんだよな。ちょっとクリア出来ないところがあるんだが、やってくれないか?」
学校でも随一のゲーム少年として知られていた僕は、クラスメイトのクリア出来ないゲームの代行攻略をする事がしばしばあったのだが、その名声は彼にも届いていたようだ。迷惑だ。
僕は断れるワケもなく、階段を上りユウキ兄の部屋へと入る。
真っ先に目に入ったのは『釘バット』だ。
釘バットがあったのだ。
初めて見た。部屋の隅に、釘をいくつも打ち付けられた木製のバットが置いてある!!!!!!
~ユウキ兄のウワサ~
殺傷能力の高い恐ろしい凶器を持っている。
↑ ↑ ↑
This is the truth.
「クリアできねえゲームってのはこれなんだよな」
部屋の中央奥に置かれたテレビ、繋がれたプレイステーション。
映し出される画面。
ゲームは『ファイナルファンタジータクティクス(FFT)』だった。
「難しいステージがあんだよな~。やってくれよ」
僕はコントローラーを握らされ、FFTのChapter2『バリアスの谷』をプレイさせられる運びとなった。
「敵が強くてすぐやられちゃうんだよな。お前ならできるだろ?クリアできなかったら、分かってるよな」
分かってない、分かりたくない。
あの釘バットはしくじった僕をあの世へ送るための処刑道具だろうか。
そういえばバリアスの谷の次のステージはゴルゴラルダ処刑場だったな。
僕にとっては今、この瞬間が処刑場のようなもんなんだけどな。
まあ、サクっとクリアして解放されよう……そう思った僕は甘かった。
クリアできないというのは、ユウキ兄のような端的に言えばあまり知性的ではない感じの人間にこのFFTというゲームはいささか難しいのが原因なのだと、僕がコントローラーを操れば簡単にクリアできると、そう思っていた。
僕の目に映ったユウキ兄の擁する味方軍(パーティ)の、目を覆いたくなるような貧弱さは惨状と呼ぶにふさわしかった。
敵のレベルが16~17程度あるのに対して、ユウキ兄軍の平均レベルは10程度だった。
逆に凄い、むしろこのパーティでここまで突破してきたのは、ゲームが上手いと言わざるを得ない。
レベルだけでなくジョブやアビリティもボロボロで、まともに戦力になりそうなキャラがいない。
Chapter1クリア時に自軍に加入するおまけNPCで大半のプレイヤーが2軍どころか3軍落ちさせるであろう「アリシア」と「ラヴィアン」が一番強いという状況だ。
これ大丈夫ですか?
部屋の隅では釘バットが異様な存在感を放っている。
これは今からもう25年ほど前の話である。
バリアスの谷における死闘の詳細まではさすがに覚えてはいない。
しかし、敵の弓使いが放ったライトニングボウによる追加効果のサンダラが画面をフラッシュさせ、一撃で崩れ落ちる味方ユニットを鮮明に記憶している。自軍が追いつめられる度に、部屋の隅に鎮座する釘バットの存在感が高まっていく。
ところがタクマ少年は知恵を振り絞り、恐怖と格闘し、底力を発揮した。一人の死者(クリスタル化によるロスト)も出す事なく、バリアスの谷を突破したのだ。
記憶はここで途切れている。
ユウキ兄からどのように解放されたのだろうか、なんか「おお~やるじゃん」くらいの声はかけて貰った気がする。
確か門限が近づいてきてこの1ステージを攻略しただけでなんとか許された感じだったか。
とにかくタクマ少年は死地より生還したのだ。
今までゲームをプレイしてきてこんなに嬉しかった事がない。
とんでもない貧弱パーティだとしてもこの難易度のマップを突破できるという学びもあった。
そんなユウキ兄とはこの時以来交流は全くないし、ユウキ君自体ともそんなに遊ぶ間柄ではなかったから、彼らの家にお邪魔したのはこの時この瞬間が人生最後であった。
急にこの事を思い出しキーボードに向かおうと思ったのは、今日たまたまユウキ君本人をFacebookで見つけたからである。
楽しく元気そうに人生を送っている様子のユウキ君。
僕の事なんか全然覚えていないだろうなあ。
お兄さんも、元気であると嬉しいです。
そして一言だけ言わせてください。
あの釘バット、なんすか?????