へたれゲーム貴族

未知の世界への鍵(ゲーム)を手に。

番外編:ゲームと連中

中学校生活では小学生時代よりもゲームに傾倒したマニアなプレイヤーと出会う事が出来た僕は、高校生になったならどんな強敵(ゲーマー)との出会いがあるのだろうか?!と胸を躍らせていた。

ゲーム機ではないパソコンという機械でもゲームが出来る事を教えてくれた「植野くん」よりも、ゲームについて未知の情報を持っているヤツがいるのだろうか?物凄い勢いで格ゲーと音ゲーを上達させていった「高橋くん」のような、天才肌のプレイヤーと会えるのだろうか?

クラスの友達はどんなゲームが好きだろうか?僕よりもゲームにどっぷり浸かった子がいるだろうか?

夢をいっぱいに膨らませて進学した僕を待ち受けていた高校生活は、虚無だった。

高校生活は、虚無であった。

クラスメイトは誰もゲームを趣味としておらず、僕はオタク趣味の陰キャラとしてクラスに馴染む事は無かった。教室には虚無の濃硫酸のごとき空気が漂っていて、僕の存在感を限りなく無に希釈していくような、そんなじっとり湿った雰囲気に呑まれ続けた。

ヒエラルキー上位のウキウキスポーツマンが、僕が休み時間に読んでいるアルカディアをからかって取り上げる時に抵抗する一言二言と、留年組がブレイクダンスの練習のために僕のCDプレイヤーを借りる時(毎日借りに来た。クソ)以外に、三年間言葉を発した事はほぼ無かった。

中学生の頃は学校に行けば毎日ゲームの話で盛り上がれたのが楽しくて、自然に無遅刻無欠席の皆勤賞を果たした僕だったので、一切の会話も交流も無く、たまにチャラけた同級生にオタク気質をイジられるクラスに耐えられなかった。一年生のある日、初の無断欠席を敢行してからは毎週水曜日をサボってゲーセンに行く日とし、ついぞ卒業まで水曜日に学校に行くことはなかった。

僕が登校拒否にならず水曜日だけのサボりで済んだのは、またしてもゲームに救われたからである。中学生の頃のように、ゲームの話題から親友になったといった学友はいなかったが、ゲームを通じてのわずかなひと時の交流が、確かに訪れてくれた。これは、あの頃のひと時を僕が忘れないようにするための、単なる備忘録だ。


「GGXX&GOC Next」高梁くん

高校一年の秋頃。クラスではすっかり「気持ち悪いオタク」として隔離が完了した僕は、学校近くの駅前にあるゲームセンター「ゲームパーク富士見台」にたまに顔を出していた。

クラスメイトはゲームをやらないので、ゲーセンにも来ない。下校後の心休まる時間だった。そんな時、ウチの制服を着て「GUILTY GEAR XX(GGXX)」という格闘ゲームに精を出すプレイヤーを見かけた。

このGGXXは前回の記事に登場したGGXというゲームの続編で、マイナーチェンジバージョンが幾つも出ている。高校生になってからの僕はすっかりSTGと音ゲーに傾倒しきった頃で、格闘ゲームからは一旦身を置いていたが、気が付けば自然と彼に乱入対戦を挑んでいた。

当時の心境は詳しく思い出せないが、オタク扱いされるならと、せめてゲームの分野でくらい存在感を示したかったのだと思う。そんな反骨心が確かに存在していた。GGXXは暫くプレイしていないが、ウチの学校の生徒に負けるはずなどないとタカをくくっていたのもある。

僕は扱い慣れたミリアというキャラを選択し、彼の操るテスタメントへと挑んだ。テスタメントは戦場に見えない罠を張り巡らせたり、地を這う獣を召喚して背後から急襲したりといったトリッキーな動きを得意としていて、コンボの火力も高く油断はできないキャラだ。しかし僕は相手をナメきっており、試合直後に真っ直ぐミリアを突進させると足払いでテスタメントを転ばせ、光輪(タンデムトップ)を重ねて、二度と起き上がらせまいと猛攻を仕掛けた。

始めのうちは優勢だったが、彼のテスタメントは立ち回りが丁寧で、僕のミリアを的確に迎撃しては罠を張り、手堅い防戦に回った。僕の攻めが崩れると、大鎌で飛び掛かる必殺技のグレイヴディガーを絡めた高火力のコンボで攻勢に転じ、結局全てのラウンドでKO負けを喫してしまった。

僕はゲームの中にすら居場所が無いのか?という強烈なショックに見舞われたものの、なんとか気力を持ち直すと相手をチラ見しに筐体を立つ。そのとき対戦相手も身を乗り出して声をかけてきた。

「F組のオタクやん」

僕はクラスで存在が隔離された上に、迷惑なことにしばしばその存在をよそに宣伝されていた。そのため、顔だけは知っているという同学年が何人かいたらしく、彼ことE組の高梁くんもその一人だった。

「俺のテスタの方が強かったな。俺も相当なオタクじゃ」

話かけて貰ったものの、高校生活ですっかり気力が萎えてしまった僕は、彼と良好な関係を築く努力をしなかった。高梁くん自体も僕が今まで付き合った事がないタイプの職人気質のオタクで、彼自体あまりじゃれ合うのを好まなかったというのもあった。廊下ですれ違った時や、ゲーセンで会った時に、二言三言の会話をして別れるといった間柄が続いた。

高校二年生のある日のこと、その高梁くんが急にクラスに入ってくると、僕に向かって一直線に進んできてこう言った。

「なんか…ゲーム貸してくれんか…難しいやつがいい…」

急にこんなお願いをされて面食らったものの、特に断る理由もなかったので快諾した。

僕は手持ちのプレステのソフトの中から「ジェネレーションオブカオス Next(GOCNext)」というゲームを貸す事に決めた。

このゲームは信長の野望やKOEI三国志をファンタジー系にしたといった感じの戦記物シミュレーションで、世界観やキャラクターは魅力的だが、ゲームバランスやUIは出来が良いとは言えず、さらにはとにかく手駒がすぐに出奔して在野に下ってしまうという難点を抱えた、"別の意味で難しい"ゲームである。翌日学校にGOCNextを持っていくと、E組に入り高梁くんへソフトを渡して去った。

この頃僕は生物部に所属していたのだが、そこではクラスメイトに邪魔されず一人ささやかな休息の時間を得る事ができたので、部室に通い詰めるようになり、クラスにいる時間はごくわずかとなった。部室とE組の方向関係的に、廊下で高梁くんとすれ違う事もほとんどなくなった。ゲーセンも地元の「悟空」に通う事が多くなったので高梁くんとは今までのわずかな交流すらなくなっていった。

そんな高梁くんが僕のことを捕まえて、貸していた事すら忘れていたGOC Nextを返却しにきたのは卒業間近の日のこと。

「すまん返すわ。このゲーム、キャラすぐいなくなりよる。ありえんくらい難しかった。お前これより難しいゲームもっとるか?」
「ええと、伝説のオウガバトルとかはわりと難しかったけど。でも君に貸したこれが一番かな」
「そうか。ならこのゲームが、俺とお前だけが知っとる、世界で一番難しいゲームじゃ」

確か、この翌日か明後日が卒業式で、彼と言葉を交わしたのはこのやり取りが最後だった。

特に二人で遊ぶ事もなく、ゲーセンや学校ですれ違っては軽く言葉を交わすだけ。三年間の高校生活の中で高梁くんと十分に心が通ったとはいえないだろう。

これは考え過ぎかもしれないが、高梁くんは孤独に見えた僕に気を遣って、最後は言葉を選んでくれたのかもしれない。おかげで、僕らは親しくはなくとも、一つの共通の認識を持った関係にはなれたのだと信じている。

あまりにもささやかな思い出だが、こういう出会いもあったのだから、高校生活は悪い事ばかりではなかったと思っている。あの日筐体に座っていたテスタメント使いに、感謝をしたい。


「ドラクエ3とコーヒー」松本くん

時期は学祭の準備シーズン。この手のイベントであればウキウキな男子や女子達が思い出作りのためにハリキリそうなものであるが、僕のクラスは一切のやる気がなかった。

当然、あまりある学祭の仕事は僕に押し付けられる事となる。あろうことか、クラス代表の学祭委員(なんと枠は一名だ)にもされてしまった。

クラスで一言も喋らないオタクに、高校生活最後の思い出の学祭の委員会をフツー任せるだろうか?こういう離れワザを平気で繰り出してくるのが僕のクラスだったんだよな。強い。

そんなわけで僕は学祭委員として、放課後に生徒会の役員達と打ち合わせをすることが多くなった。そんな折に役員の一人、松本くんが僕を翌日の昼休みに生徒会室に来るように誘う。

僕は昼休みも教室には居たくなかったので、このような申し出は嬉しかった。次の日、高校生活で一度も入った事のない生徒会室に僕はついに足を踏み入れた。僕を見るなり、松本くんがにやけながら声をかけてくる。

「来たか。これでお前も共犯者だな!」

なんと僕の目に、テレビに繋がれたスーパーファミコンと、ドラゴンクエストIIIのプレイ画面が飛び込んできた。松本くんは近寄ってきて強引に肩を組むと、ゴキゲンな様子で体を揺らし始める。

真面目で理知的で、遊びのない人柄をしていると思った松本くんだったが、どうやら裏の顔を持っていたらしい。松本くんと一部の生徒会役員は、生徒会室を好き放題できる憩いの場に改造していたという事だった。そしてこの秘密会の参加者が「共犯者」なのだという。

僕はその日から、生徒会室が開放される日(毎日使えるわけではないらしい)には松本くんとその仲間に呼ばれ、彼らのプレイするドラクエIIIを鑑賞しながらお茶をして過ごした。

学校という場にゲームを持ち込んでプレイするという非日常さに加え、それをやっているのが生徒会役員というギャップに大変驚いた。真面目そうな人達にも色々な面があるんだな、とちょっと考えたりもした。

松本くんは僕が遊びに来る度にコーヒーメーカーを使ってコーヒーを作ってくれた。そしてこのコーヒーが渋くて苦いのなんの。僕は毎回、お世辞は言わず、素直にブベーという渋い顔をしてニヤニヤと笑う松本くんに応えた。

そうして時は過ぎ、秘密会のモニタに映し出されていたドラクエIIIも、魔法使いがイオナズンを放つほどの佳境に差し掛かった頃には、すっかり渋くて苦いコーヒーにも慣れてきた。結局のところ、彼らがクリアする前に、卒業が近づいてこの秘密会はお開きとなってしまったのだが。

松本くんとは卒業式の日に会って話し込んだ。お互いに学校でドラクエをクリア出来なかったことへの悔しさを募らせながら。そして彼は別れ際に僕の肩を叩いてこう言った。

「じゃあな。俺のコーヒーの苦さを語り継いでくれよな」

生徒会役員という立場にありながら、職権を濫用し(?)秘密のゲーム会を築き上げた愉快な松本くんと、その共犯者たち。名作ゆえ様々なハードへ移植が行われ、その都度話題になるドラクエIIIだが、このタイトルを耳にする度に、顔をしかめるほどに苦いコーヒーの味と彼らの事を思い出す。
と、同時に。高校卒業から十年以上が過ぎた今、彼のコーヒーの苦さについてここにしたためた事で、あの時のコーヒーを語り継ぐという彼とのささやかな約束を果たした小さな満足感が残る。