今回もゲームを通じた友達との思い出を書いていきます。
本日スマホ版が配信されたばかりの、ゲームボーイの名作、テリーのワンダーランドのお話。
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「保健の成績さえ平均点近くを取ってくれれば、どれだけ運動が出来なくても通知表に1を付ける事はありません」
これが体育教師のW先生が口癖のように言っていた、成績に関するポリシーだった。
そして、保健で毎回平均点を取っていた僕が、学期末の通知表に、一本の縦棒が引かれているのを見て、真っ先に思い出した言葉でもある。
先生のポリシーをも覆すほどに、自分の素行が悪かっただろうか?と振り返るも、この頃はまだ、保健でも体育でも、授業中に非協力的な態度を取ったり、ましてや悪ふざけをするような生徒ではなかった。
当然、納得がいくはずもなく、親にも相談し、W先生と話し合う事になった。しかし結局は、要所を全てはぐらかされ、得心する説明は受けられなかった。
悔しくて勉強量を増やし、次の中間・期末テストの両方で保健は平均点を10点ほど上回ったのだが、通知表の保健体育の項目には変わらず頼りない一本の縦棒のみ。真面目にやるだけ馬鹿らしい、と思った僕は、保健の座学はともかく、体育の授業には出るのを止めようと誓った。
…そして、新学期最初の体育の授業が始まる。さっそく誓いを実行に移す時が来た。体操着には着替えずに、制服姿のまま、グラウンドに出る。ついに「サボり」という非行に手を染め、非日常に踏み出してしまった。という気持ちで、胸が痛いほど鳴っている。
自らの選択とはいえ、この体育の時間、一時間まるまるとクラスの中に自分の所在が無いのだ。耐えられるのだろうか?と、校庭に出た瞬間に、後悔の念が身を苛む。
そんな時、グラウンドの隅にちらりと目をやると、僕と同じく、制服姿で地べたに腰を下ろす男子の姿に気が付いた。
「今日からここに住みます。よろしく」
僕はそう声をかけながら、先客の隣に腰かける。彼はクラスで一番背が高く、がっしりとした体格の前野くんという男子だ。
前へならえで先頭を務める僕とは、物差し一つ分ほども、背丈が違って、見上げると強烈な威圧感を覚えるほどにデカい。
どんなスポーツでもこなせそうな偉丈夫の上に、整った目鼻立ちをしているから、女子にも男子にも人気が出そうなものである。しかし彼が、クラスの誰かと会話しているのを僕は見たことがない。
かといって、いじめられているわけでもない(素晴らしい体格の持ち主というのも要因だろう)。彼は一年間ずっと、授業中は寝て過ごし、友達を一人も作らず、体育の授業は制服姿のまま、一度も参加することはなく見学を続けていた。
体格差もあり、怖い雰囲気ではあったが、初サボリで気が大きくなっていた僕は、挨拶をした後も、物怖じせず迷惑も考えずにグイグイと話かける。僕が何かを言うたびに、彼は「うん」とか「そう」とかの短い返事をしてくれた。
それからも体育の授業が訪れる度に、僕は唯一の所在を求めて、前野くんを見つけては隣に腰を下ろした。彼の都合など気にせずに話しかけるうち、前野くんが会話に応じてくれるようになった。ぼそぼそと静かに喋るのだが、意外や意外。喋り出すとなかなか饒舌で、しかも結構な皮肉屋だった。
「体育の授業なんか出ても意味なんかないよ」「人間真面目にやっても死ぬときは死ぬよ」といったなんともシニカルな言葉を静かにぼそりと呟く彼のことを、僕はとても気に入った。無口な彼がたまに喋ると思えばこんな内容という、ギャップがたまらなかった。
前野くんは、授業中はほとんど寝ていたり、休み時間も教室にいなかったりで、教室では会話をする事はなかった。あくまで、体育をサボる時間にだけ、二人の交流があった。
…さてこの時、クラスで爆発的に流行っていたゲームがあった。「ドラゴンクエストモンスターズ テリーのワンダーランド」という、ゲームボーイのRPGである。
通称"テリワン"は、知らない人に説明をするならば、ドラクエ版のポケモンというようなゲームだろうか。ただこれはとても乱暴な説明で、ポケモンブームに便乗したような粗製な作品では決してない事を伝えておく。ドラクエをベースとした上で、独自の要素が幾つも盛り込まれた、奥深いRPGである。
ドラクエのモンスター同士を掛け合わせて、新しいモンスターを生み出す「配合」システムが大きなウリで、子供達を中心に多くのプレイヤーが夢中になった。
配合で生み出すモンスターの"情報"は、プレイヤー間で、友達からその友達、さらにその友達を伝って、盛んに輸出入を繰り返し、全国各地で様々な関係を築き上げた事だろう。多くのプレイヤーから絶大な支持を得て、今もなお続くロングランシリーズ。その一作目がテリワンなのだ。
僕らが中学二年生の頃は、テリワンが発売されて少し時間が経った時期ではあるのだが、クラスの誰かが遊び始めたので、話題のため、全員こぞってまたやり始めていた。
ある日のこと。体育の授業を終え、友達グループが着替えを始めた時だ。いつものサボりのため、着替える必要のない僕は、そのまま皆に駆け寄ると、テリワンの話を切り出した。テリワンをプレイしている連中が集まり、談義に華が咲く。
話題の中心になったのは、配合に最も手間がかかる、最強のモンスター「ダークドレアム」だった。彼らも着替えをそっちのけで「ダークドレアム」が強いか、という事を夢中で語っていた。その時だった。
「ダークドレアム、ザキで死ぬよ」
のっぺりと、ぬりかべのように、大きな影が僕らを覆った。声の主は、僕と同じく学生服のままの男子だった。…前野くんだ。
クラスで一度も、誰とも会話をしなかった前野くんが、僕らの話に一言、ぼそっと割って入ったのだ。
最強のモンスターが、ザキ(即死呪文)で死ぬ。衝撃的なその一言と、何より前野くんが言葉を発した事実に、僕らはどよめいた。
僕らは大いに盛り上がった。四方から質問責めにされる前野くんが、ぼそぼそとテリワンの知識を呟いていく。前野くんが恥ずかしそうに笑ったところを、僕は初めて見た。前野くんって、笑えるんだ。そう思った。十数年経った今でも、彼のこの時の顔を、鮮明に脳裏に思い描く事ができる。
彼はこの後、クラスメイトとコミュニケーションを取るようになった。中学三年生に上がってからは、同じ座席グループの班員になり、仲良くバカをやったものだ。
当時、級友は事情を知っていたから、体育をサボっても咎めるような事はしなかったけれど、運動好きの同級生は毎回サボる僕に好意的ではなかったし、体育教師が遠くからくれる冷たい一瞥も、目を伏せずにはいられない威力があった。
だから、あの時、体育座りで校庭を眺めていた一人のゲーマーの隣に腰を下ろす事が出来たのは、僕にとっての救いだった。彼がいなければ、精神的に参ってしまっていたかもしれない。校庭で制服姿なのは僕だけじゃないという事が、とても心強かった。
……テリワンが誇る、精緻な設計図にも似た、複雑でいながらも、美しい配合システムが持つ引力。それは、僕と、前野くんと、クラスメイトを引き合わせ、楽しい思い出を生み出してくれた。
ゲームがもつれの原因となったり、友情の破局をもたらす事もあると思う。僕がこのブログで語るケースは全て、たまたま幸運に恵まれたものだ。しかし、交わる事のなかった多くの人を繋げることができる、底の知れない力をゲームが持っているのは事実だ。まるでテリワンの「配合」システムのように、思いがけない人生の交わりが、僕達の間に存在した。
最後に、卒業式以降、会う事はなかった前野くんへ、感謝を述べて記事の結びとしたい。
苦痛の時間になるはずだった体育の授業は、君のお陰で「居場所」のある穏やかな時間に変わりました。本当にありがとう。
今ももしゲーマーでいるのなら、会えた時にはジョーカーの話で盛り上がりたいね。