「おどれらまた弱いモノいじめかコラァァ!」
「うわーリョフだー!」
「逃げろーー!」
公園に一喝が響き渡る。
怒号を向けられた少年たちは蜘蛛の子を散らすが如く退散していった。
「えぐ、ぐすっ」
かすり傷に泥だらけ、涙を浮かべた少年の肩を長身体躯の男がそっと叩いた。
時代のかかった鎧を着込んだ、屈強な男であった。
「男は強くなくちゃいけねえぞ、坊主。」
「でも、僕じゃあいつらに勝てないよ…」
「ばっかやろう!勝てなきゃ努力するんだよ」
男は少年の額を指ではじいた。
デコピンである。
力をこめずに放ったのだが、
矮躯の少年に衝撃を与えるのに男の腕力は十分すぎた。
少年の涙は止まり、続く男の声に呆気を取られた表情で口を開ける。
「ひたすらに強さを欲しがるんだ!欲しいと思ったらなんでもやれ!
俺は強い馬が欲しくてオヤジを切った。いい女が欲しくて第二のオヤジも切った。
男はそれくらい豪快で、欲望に忠実で、そして強くなくちゃいけねえんだ。」
男は少年を励ますと、背を向けてゆっくりと、光の中へ歩き出す。
「りょ、呂布のおじちゃん、どこいっちゃうの…?」
「ちょっとな、自分の城がやべえんだ。曹操のやつがうざくてなー
もう何ヶ月も持久戦に持ち込んできやがって…だからちょっと、戻るわ」
「もう…会えないの?」
「きっと会えるさ。もし、俺が万が一来れなくなったら、お前が今度は
いじめっこをぶっとばしてやるんだ。
ま、天下無双のこの俺様に万が一なんてねえけどな、はっはっ!
…じゃあまたな。」
そして男は光の中へ吸い込まれ、姿を消していった。
「おじちゃん…」
彼を助けてくれた呂布と名乗るあの男は、もう現れる事はないだろう。
少年は知っていた。
呂布、その豪傑の末路を…
───
「おい、またアイツがいるぜ!」
「今日はリョフのやついねーぞ!」
「やっちまえー!」
格好の餌食を見つけたいじめっ子グループが少年に向けて走り出す。
少年は、彼らに向かって自転車をゆっくりこぎ始める。
「…いくよ、赤兎。」
誰にでもいいなりで、弱かった今までの自分と決別しよう。
あの豪傑が教えてくれた、男の生き様を、今日からはじめなくちゃ。
──手始めに、あいつらだ。
少年の自転車は加速し、いじめっ子グループのリーダー格へと猛進する。
「お、おいなんだ、やめろ!おいやめろお前!!
何チャリで突っ込んで、う、うわぁぁぁーー!」
風を纏うほどの速度で少年の自転車は、リーダーの体へとぶつかる。
衝撃で共倒れとなり、暫くしてから、
「ああぁぁぁあんママぁーーー!」
一滴の鼻血を垂らしながら、リーダーはみっともなく大泣きを始めた。
「うわー!やべー!」
「に、にげろーーー!」
腰が抜けてへたりこむリーダーを尻目に、いじめっ子グループは脱兎の如く逃げ出した。
「あーーん、お、おぼえてろばぁかーー!」
よろめきながら立ち上がると、リーダーも彼らの背を追うように逃げ出す。
─カラカラと倒れた自転車の車輪の音が響く。
少年は擦り剥いた膝をはたいて立ち上がった。
「…おじちゃん、僕、敵将、討ち取ったよ。」
少年は夕焼けに、あの強き男へ、自分の手でもぎとった勝利を報告した。