へたれゲーム貴族の躁鬱

ゲーマーの雑文記。テキストサイト時代の生き残り。

ネットにおける若気の力(至り)

昔に比べてブログで、自分が見たこと感じたことをそのまま書けなくなっているなと感じる。

このブログを付け始めたのはまだ学生の頃だったのだけれど、その頃の記事を見ると感じたものを感情そのままに書きなぐった記事がモリモリ出てきて凄く恥ずかしい気持ちになったりする。

そして恥ずかしく感じると同時に、こんなストレートに書きたいものを書きたいままに綴る事って最近しなくなったなと思う。
これはブログだけに限らず、他のSNSTwitterでもそう。

記事にする前に内容のカドを落とすというか丸くするというか。
身も蓋もない言い方をすれば「誰かに見られる事を多少意識して無難な書き方に直して」いる。

学生の頃ってそんな事考えた事も無かった。

多少痛いような言い回しでもそのまま
世間知らずと言われそうな意見でも恐れずに
ただ感情のままに書きたい事を飾らずに
……書いていた。

ポジティブに捉えれば今の自分の記事更新は炎上したり晒されたりといった事がなるべくないように(このブログが燃えたり晒された事は無いけれど)落ち着いた内容に推敲した記事を書けるようになった、という事なのだろう。

けれど時たま無性に、気持ちのままに書きなぐった粗削りな更新を連打していた当時の「若い力」のようなものはまるっきり失われてしまっているなあと惜しいような気持ちになったりする。



ここからが本題というか

僕はたまたまそういった「若い文章発信」の最初の場がこのブログであったというだけの話。Twitterを見ていると、やはり当時の僕のような「若い文章発信」を往々にして目にする。

その時にどうか、彼らを「こんな痛いヤツがいる」「こんな世間知らずがいる」と衆目に晒して叩くような真似をする前に少しだけ考えを巡らせてほしいと思うのだ。
最初にネットに触れた時のあなたの発信はどうだっただろうか。
ああ、若かった…と心当たりのある人もいるのではないだろうか。

もちろん、彼らの発言がバッドマナーであった場合、それを嗜める事は必要だ。
しかし、ただちょっと「若いだけ」の発言は引用RTやRTでそこまで笑いものにするようなものだろうか。

僕はここまで来て逆に、言いたい事を言葉で飾らずに素直に吐き出す若いパワーが羨ましくも思うのだ。

正直、今でもただ感じた事を書こうと思い立ったのならば、下手したら毎日でも更新出来ると思う。
自分の事、ゲームの事、人付き合いの事、世の中に対して思った事…
言いたいだけの事なら、無限に溢れている。

だが今は、無責任に言いたい事を言い放つだけの度量(若さ)は僕には無い。


…ブログって、しっかり考えて書かなきゃいけないとか、そんな高尚なものなんだろうか?若さに任せて好き勝手に更新してもいいんじゃないか?

そう考える事も無くはないけれど。
例えば、無責任な言葉が自分やブログのイメージを低下させる事を恐れたり、そういった複雑な事情から昔みたいな若い更新をする事は今は中々出来なかったりする。

いやほんと、別にこのブログって偉いわけでも影響があるわけでもないし、今でも好き勝手に書けばいいんじゃないか?ってちょっと思ったりもしたけどね。


まあ何が言いたいかというと。
若いだけの文章って、別に迷惑かけなければある意味微笑ましいんじゃないかって。笑いものにしたりするほどのものじゃないよね、っていう。

そんだけ。


本当に恥ずかしい記事ばかりなので昔の記事は見ないでください。