へたれゲーム貴族

未知の世界への鍵(ゲーム)を手に。

ねかし

某所に就職し間もない頃の話。

そのラーメン屋はあのとき確かに存在していた。

名を「京都進化系 三代目ねかし鶏ガラとんこつラーメンよってこや」………通称"三代目ねかし"という。

東池袋に立地するその店は、カラシビ味噌ラーメンで知られる名店・鬼金棒の対面に堂々と構えながら毎日途切れない行列を作る鬼金棒を嘲笑うかのような涼しい雰囲気でいつもきまって2~3名の顧客だけをその胎に取り込んでいた。

ある日新入社員の一人が「ねかし」で喫食した旨を社内で報告する。
社運の次にメシ場の開拓に命を懸けている弊社社員一同である、それは喜んで迎えられる一報のはずだったが、しかし場に流れた空気は魍魎の巣窟に足を踏み入れた幼子の安否を気遣うそれであった。

そう、ねかしは社内でも禁忌とされている辺獄の一つであったのだ。
過去に開拓者が何名か挑み、一様に沈痛な面持ちをして帰ってきては口を噤んでいたという。

普段はメシ場の開拓などしない食に頓着しない僕であるが、その異質な空気を面白がりその日のうちに同僚二名を連れてねかしへと向かった。

券売機で一番スタンダードだと思われるラーメンを発券し、座して待つ。
店内からは鬼金棒の行列が見える。
即アポ入店迅速2秒、空調の効いた店内にすぐに腰を下ろせた事に無駄な優越感を覚えていた。

そしてついにねかしラーメンとご対面。
ほう、見た目は強そうだが…(横山三国志で呂布が武安国と対決した時の空気です)
いただきます。

麺…ふつうだな
スープ… ん?
ネギ… ん?
チャーシュー… ん??(ダンジョンマスターの勇者達が怪物の肉を食べてる映像が脳裏に浮かぶ)

ブログとは書く場所、表現する場であるから何か言葉で言いあらわねばならない。
だが形容する言葉が見つからないのだ、正体を掴もうとするとするりと抜けていく。

不味くはない、ねかしの名誉の為に言うと不味くはない。
スープに至っては「ねかし感」があると言われれば「ねかし感、詰まっとるな」と返すしかない感じだ。
だが一番スタンダードなこれが700円、700円のラーメンなのだ。この正体不明の存在の全容をつまびらかにするために700円を払うのかと言われれば…


通っていた。


翌日、僕はねかしに通っていた。
一杯食べただけでねかしを語るのは、違う気がしたからだ。

ねかしを食べに行くために「今日はお先に失礼します」を言い退社する。
後にも先にもこんなに背徳感を覚える挨拶をする機会はないだろう。
いつも鬼金棒に並びに行く同僚達に見つかれば即アウト。
翌日から社内でおもしろグッズのような扱いを受けるに違いない。

僕はメニューを制覇していった…一番普通だったのはとうがらしを使ったとんこつ赤辛。なんというか無難に美味かった気さえする。
ねかしリゾットなるメシ系のサイドメニューもあったが、少しクセが強かった。

夕食時の店内にはいつも僕と1~2名の客だけが常にいた。

そしてついに全てのメニューを食べた僕にも、三代目ねかしの正体をうまく形容することはできなかった。

ねかしが何をねかしていたのか。麺やスープを寝かしていたのか、NEKASHIという未知のマターが隠し味だったのか、それすら理解することはかなわなかった。

言葉を紡げないまま、ねかしは九条ネギをウリとした店舗へと改装され、あの頃とは様変わりしたごくごく普通のあっさりしたラーメンへと変貌を遂げ、それから暫くして閉店となった。

あのラーメン屋はあの日確かにあそこにあった。あそこでねかしていた。
花田や鬼金棒という強力なライバルに囲まれつつも堂々と佇み、固定層の愛好家達をねかしていた。
今思えば僕もねかされた一人だったのかもしれない。

幻となったねかしを僕は語り続ける。
僕はこれからも生涯、ねかされていく。