おたふく風邪とエナジーブレイカー

エナジーブレイカーというゲームをご存知だろうか?

ツウなゲーマーならピンと来るかもだが、ほとんどの人は知らないはずだ。知名度が低い、隠れたスーファミソフトである。キャラクターデザインは『トライガン』や『血界戦線』で有名な内藤泰弘先生なので、それで知っている人がいるかもしれない。ジャンルはSRPG。タクティクスオウガとかファイアーエムブレムのように、1マスずつ移動して、位置取りと順番を考えながら戦うタイプのゲームだ。

 

先日、そのエナジーブレイカーがBOOKOFFで27,000円という値段で売られており、思わず写真を撮ってしまった。昨今のレトロゲームの高騰には驚かされるばかりだ。そんな価値が付くほどの時間が、あれから流れたのかと、少し不思議な気分にもなる。

さて、このエナジーブレイカーには、僕にとって忘れられない幼少期の記憶がある。



このゲームといえば、なぜか風邪の記憶が強く結びついている。それも、よりにもよっておたふく風邪(流行性耳下腺炎)だ。小さい頃、エナジーブレイカーを遊んでいた時期に、僕はそれに罹った。
銭湯練馬湯遊邸 松の湯が、まだただの松の湯だった頃。その通りに、かつて木村医院という小児科があって、母に手を引かれ、そこへ通っていた。
帰り道、なぜか毎回のように、今はもう無くなってしまった目の前のコンビニでタコ焼きを買ってくれたことを覚えている。頬は腫れて痛いし、熱は下がらないし、正直あまり食べたい状況ではなかったはずなのに、その記憶だけは妙に鮮明だ。
そのせいで今でも、僕の中ではタコ焼きは「具合が悪いときの食べ物」という、少しズレたイメージと結びついている。

家に帰ると、ズキズキする頬を抱えながら、それでも僕はコントローラーを握った。布団に入るほど重症でもなく、かといって外で遊べるわけでもない。そんな中途半端な体調のとき、エナジーブレイカーはちょうど良い逃げ場だった。

このゲームは、当時としてはかなり実験的で、今振り返っても面白い仕組みが多い。
例えば、攻撃のダメージは即座に確定せず、攻撃後に敵味方のDEX差によって変動する。ルーレットのように数字が上下するのを眺めるのが、子ども心ながらに楽しかった。そして何より印象に残っているのが、「移動しかできない」味方ユニットの存在だ。攻撃も魔法も使えず、できるのは進路を塞ぐことだけ。SRPGというジャンルの中でも、かなり尖った役割だと思う。少なくとも、他に同じような存在は思い当たらない。

熱で少しぼんやりした頭のまま、キャラを動かし、敵の進路を塞ぎ、ルーレットの数字を眺めていたあの日。物語の細部は、もうほとんど覚えていない。それでも、あの時の空気だけは、今でもはっきり思い出せる。

エナジーブレイカーは、名作ランキングに名を連ねるようなゲームではない。だけど、僕にとっては、頬の痛みや微熱、母の手、帰り道のタコ焼きと一緒に、確かに人生の一部として残っている。価格が何万円になろうと関係なく、あの時、あの体調で、あの部屋で遊んだ。その記憶ごと、今も静かに胸の奥に置かれている。

多少朦朧とした熱の出た頭のまま、コントローラーを握っていたあの日の記憶の話だ。