【昔のゲーセン】魂からヒリつく賭けの話

大泉学園のホームセンター前のゲームセンターに寄ったら、メダルゲームのポーカーがあった。

僕はそれを見て、少年時代に経験した魂が震え上がり燃えるほどの"賭け"のことを思い出したのだ。




昔のゲームセンターには、今ではあまり見かけなくなった、少し変わった仕組みの場所があった。100円を投入するとメダルが出てきて、そのメダルを使って、普通のアーケード筐体、格闘ゲームやシューティングゲームが遊べる。そういうメダル式のゲームセンターがちらほらあった。

そして、そういう店には高確率で置いてあった。メダルを賭けられるポーカーゲームが。

あれはもう、ただのメダルゲームじゃない。希望と絶望を一身に背負った装置だった。

僕が通っていたそのゲームセンターでは、100円でメダルが2枚。何も考えずに使えば、100円で2回ゲームができる。至って健全だ。でも、ポーカーに手を伸ばせば話は変わる。うまく勝てば、配当分だけメダルが増える。つまり、その日遊べるゲームの回数そのものが増えるのだ。

逆に言えば、負けたら終わり。ゲームは一切遊べない。

月のお小遣いが500円とか1000円だった頃、100円の重みは今とは比べ物にならない。その100円を、たった一度の配札に預ける。ブタ続きで5分もしないうちに500円全部失った時の虚無感、最初に配られた札でスリーカードが確定している状態でチェンジを押す圧倒的な勝利の感覚、ダブルアップゲームでカードを選ぶときの指先の震え。あのスリルは、もう二度と味わえないだろう。

今は、10連3000円のガチャと向き合うデジタルゲームの時代だ。1%未満のピックアップSSRの確率に心を燃やし、あの頃のようにお金を賭け、得られるものはデータ。それも十分にギャンブル好きにとっては蠱惑的なものだろう。けれど僕にとって魂が一番ヒリついた賭けは、あの頃のゲームセンターの片隅にあった、メダルポーカーのダブルアップゲームだった。

勝てば遊べる。負けたら何もできない。あまりにもシンプルで、あまりにも残酷で、だからこそ少年の心をこれ以上なく燃やした。あの感覚を思い出させるものは、もはや存在しないかもしれない。それほどまでに鮮烈な体験が、今でもたまに、ゲームセンターのポーカー台の前に立つと、ふっと胸の奥から蘇ってくるのだ。