月見商品という文化の定着のハナシ

今は1月で、この話をするにはだいぶ季節外れなのだけど、それでも書き留めておきたくなった。きっかけはごくささやかな出来事だ。

僕の地元では子どもたちが作った俳句の入選作品が、街灯や電柱のポールに印刷されて貼られている。最近散歩の途中、何気なく目に入ったその一句に心を掴まれた。

「年一度 待ちに待った 月見バーガー」

あまりにも現代的で、あまりにも率直で、そして何より「風物詩」としての強度がある一句だと感じた。月見バーガーを、年に一度訪れるものとして認識し、それを待ち望む感情が、すでに子どもの感性の中に自然に組み込まれている。その事実が妙に胸に残った。

考えてみれば、月見バーガーや月見系の商品は、もはや単なる期間限定メニューの域を超えつつあるのではないか。秋が近づくと告知が始まり、発売日が話題になり、「今年もこの季節が来た」と思わせる。味そのものよりも、今年も会えたという感覚が前に出てくるあたり、構造としてはかなりイベント寄りだ。

ここで思い出すのが、日本におけるバレンタインデーの定着である。日本でチョコレートを贈るバレンタインの習慣が広まり始めたのは、1958年頃らしい。最初は完全に商業的な仕掛けだったはずなのに、気づけば「2月といえばバレンタイン」という認識は世代を越えて共有される文化になった。今や誰もがその存在を知っている行事になったのは間違いない。

月見商品が歩んでいる道も、まさにその道のりに思える。企業のキャンペーンとして始まり、毎年繰り返され、話題になり、俳句に詠まれ、子どもが「待ちに待つもの」として認識する。これはもう、かなり強い文化的根付き方だ。十五夜やお月見という伝統行事と、ファストフードという現代的な消費文化が、違和感なく溶け合っているのも面白い。

もしかすると僕らは現代で、月見商品の登場という文化が、単なる商品展開を超えた風物詩として定着する瞬間を生きているんじゃないだろうか。

そんな事を考えていた。
そしてそれは、僕の中では確信めいた予感に近い。


今日はこのあたりで。
前回からだいぶ更新が遅れてしまいました。