TRPGのシナリオを作る時、僕はこうしているという話

今日はTRPGのシナリオを作る時に、僕がしている事や考えているものを書いていきたいと思います。

TRPG歴は14年。2019年時点でGM回数126回で、それからはカウントしていません。

主に使ってきたのは自作ルールのTRPGで、毛色の違いはあるかもしれませんが、ソード・ワールドのようなスタンダードなシステムのGM経験もあるので、極端に見当違いなことは言っていない……はずです。たぶん。

十年以上X(旧Twitter)をやっているのに、それと同じかそれ以上にやってきたTRPGの話をそれほど発信してこなかった理由はいくつかあります。

一番大きいのは、僕が遊んできたTRPGのほとんどがオリジナルルールだったこと。つまり語ったところで、プレイした身内以外には伝わりづらい。

それでも、長い年月GMを続けてきたことは確かで、自分の「あれ?TRPGのシナリオってどう作ってたっけ?」という備忘録くらいは、どこかに形として残したいと思いました。

この記事は、「こう作るとうまくいくよ!」という指南書ではありません。
ただ僕はこうやって作ってきたよ、というだけの話です。
それでも誰かの思考の踏み台になれば、ちょっと嬉しい。

 




シナリオ作りは、まず「飛び石」を置くことから始める

僕はシナリオをつくる時、まず冒頭から順番に組み立てません。
最初に頭に浮かぶのは、物語の途中か、終盤か、はたまたプレイヤーが全力で暴れているワンシーンか。

つまり、「盛り上がりそうだ!」というハイライトシーンです。

たとえば

・プレイヤーの宿敵NPCが夜の橋の上で待ち構えている

・ピラミッドの罠が動作し、巨岩が転がってくるシーン

・伏線が回収されシナリオの謎が明かされる瞬間

こういう"映像"を先に思い浮かべます。

このハイライトを、僕の中では「飛び石」のように扱っています。飛び石同士を、物語が繋がる距離で並べていく。それらの石と石の間、つまり「このシーンに至る理由」「そこから物語はどう動くのか」を埋めていくように設計する。

そうやって、ぽん、ぽん、とハイライトを並べていくと、自然とシナリオの全体像ができていきます。

初めから道を敷き詰めるのではなく、点を置いて、それを線にしていく感覚。
逆算型の組み立て、と言ってもいいです。


僕は即興劇としてのTRPGをかなり信頼している

TRPGの面白みの一つに「予定通りにならないこと」があると考えています。

そして個人的にですが、僕はプレイヤーの行動で物語が予定からズレることを尊重します。むしろ大歓迎しています。

ライバルとして長く登場する予定だったNPCが、初登場回でプレイヤー達の妙に鋭い策略によって退場したり、はたまたその逆で、セッションの流れで仲間になってしまったり。

こういったことは何度もありました。

敵の幹部がプレイヤーに言葉巧みに引き抜かれて、芋づる式に敵組織の情報が開示され、組織を壊滅するまでのルートが組み上がってしまった時は、僕(GM)がお話を作っているというよりも、むしろプレイヤーが組み立てているようにも思えました。

GMとして冷や汗はかきます。
予定は崩れ、構想していた展開は一度瓦解します。
でも、その時のプレイヤー側の感覚はきっとこう

「なんか知らんけど、今のめっちゃ上手くいったぞ」

僕は、その「上手くいったぞ」という体験を大事にしてあげたい。
だから計画よりも、その瞬間に生まれた楽しさを優先します。
物語の整合性は、セッションが終わった後に、僕が一人でこっそり再構築すればいいのです。


飛び石理論は、注意点もある

飛び石理論でTRPGのシナリオを組み立てるにあたって、注意点もあります。

飛び石理論の前提には、「いずれプレイヤーはこの石に着地するだろう」という、GM側の淡い期待がありますが、TRPGの即興性は、その期待を平気で踏み越えていく事が多々あります。

プレイヤーの選択次第では、ハイライトとハイライトの間で物語が大きく横道に逸れ、どう工夫しても、どう軌道修正しても、

「うわ~~もうこのハイライトには物理的に繋がらないな~~」

という状況が発生することがあります。
しかしこれは「失敗」ではないと捉えています。
ただ、起こり得る現象なだけです。

たとえば、

・予定していた決戦の舞台に向かう前に、プレイヤーが全く別の勢力と手を組んでしまった

・ハイライトで使う予定だったNPCが、予想外の事態により退場、もしくは無力化された

・プレイヤー達が別の目的を持ち始め、物語の重心が移動してしまった

こうなると、飛び石は「次に踏める距離」に存在しなくなります。

この時、GMが無理にハイライトへ引き戻そうとすると、即興劇としてのTRPGは一気にぎこちなくなり、プレイヤーは「見えない力で押し戻されている」感覚を覚えてしまうのではないかと考えます。

飛び石理論を使う時に大事なのは、ハイライトは“必ず通る場所”ではなく、“使えたらラッキーな風景”くらいに思っておくことです。

届かなかった飛び石は、捨てていいですし、あるいは形を変えて、別の場所に再配置してもいい。最悪、そのシーンはそのセッションでは存在しなかったことにしても構わない。即興性を尊重するなら、「ハイライトを守る」よりも「今、面白いかどうか」を優先した方が、結果的にセッションは上手くいくと思います。

僕(GM)が用意してきたハイライトシーンが潰された時というのは、大体は「予想外」の事が発生している時です。そしてその予想外というのが「代わりにハイライトシーンになってくれる」事が多いです。

つまり、飛び石を踏まなくても、面白い景色に辿り着くことは多々あるので、GMに求められるのは、石を守ることではなく、プレイヤーが跳んだ先の風景を面白がれるかどうか、そしてその風景をしっかり描写してあげられるか。たぶん、それだけなのでしょう。


終わりのメモ

この記事で書いた内容は、一部のTRPG論やGM指南とは噛み合わないかもしれません。でもそれでいいと思っています。僕はこう作っている、というだけの話なので。

ただ一つ思うのはシナリオを作り、そして実際それを遊ぶ現場には、予定外の愉快なトラブルがあり、そこには想定外の名シーンが宿ります。

それを僕は、とても楽しく思っています。