RPGなどのゲームを遊んでいると必ず出会うのが「おつかいクエスト」だ。
「◯◯を3つ集めてきて」「村の外れにいる狼を倒してきて」。もはや定番の構造と言える。正直に言えば、これを退屈だと感じるプレイヤーは少なくない。だが、なぜRPGにおつかい要素は必ず存在するのだろうか。
◆TRPGからCRPGへの継承
コンピューターRPGは、テーブルトークRPG(TRPG)の遊び方を電子的に模倣したものだ。TRPGではゲームマスター(GM)が「村に困った人がいる」などと状況を提示し、プレイヤーとの対話を通して物語が展開していく。
ところが、コンピューターには柔軟な対話能力がない。結果として、GMがやっていた依頼提示と報酬設定が定型化され、もっともシンプルな形で落ち着いたのがおつかいクエストである。
つまり、おつかいとは「コンピューターがGMを代行するための最小単位の構造」なのだ。
◆おつかいをつまらないと感じる時
おつかいはRPGにおける『退屈さ・単純さ』の象徴として挙げられる事がある。
「ただ歩いて物を取ってきて終わり」「敵を倒して終わり」だと、報酬のためだけに行動を強制される形になる。これはプレイヤーにとって作業感が強くなり、遊びではなくノルマになってしまう。開発者が「豪華な報酬をつければプレイヤーもやるだろう」と調整しても、結果的に「報酬のためにやらされている」という感覚は拭えない。

一方で、過去に熱中したMMORPG『タワーオブアイオン』では、おつかいがあまり苦に感じなかった。理由は単純で、クエスト報酬そのものよりも「副次的な報酬の構造」が魅力的だったからだ。
このゲームでは敵の全てが、一定確率で「スティグマ」というアイテムをドロップする。これがモノによれど価値が高く、マーケットに流通させて一攫千金を狙える。それなので、雑魚モンスターを狩るという行為自体に魅力が付加されていた。ならば、なんとなくモンスターを狩るよりは、「●●を10体狩ってきてくれ。報酬もある」といったクエストをついでに受けた方が効率的だ。こうした副次的な要素が自然とおつかいの価値を底上げしていた。ただなんとなく雑魚敵を狩るよりも、おつかいのついでなら苦じゃない。
ただし、この仕組みは相場が崩れてしまうと一気に色褪せてしまう。副次報酬に価値があるかどうかは、常にゲーム全体のバランスに左右されるのだ。
◆結論ではないが、一つのヒント
決定的な答えにはならないが、「おつかいに副次的な意味を持たせること」は、おつかいを楽しませるための大きなヒントだと思う。
例えば、
・道中の敵から入手できる素材がクラフトで使うもの
・探索そのものが新しいエリアの発見やストーリーの舞台になる
・ミニゲーム的な要素を交えて退屈さを減らす
こうした工夫で「やらされている」ではなく「やって得した」と思わせられる。
結局のところ、おつかいはRPGから切り離せない要素だ。ならば、それをただの作業にせず、遊びや発見に変えていく工夫こそが、これからのRPGに求められているのだろう。
僕の一番印象に残っているおつかいは、真・女神転生で役小角からソーマを2回取ってこさせられるクエストだ。今思えば、昔のゲームでは若干腹ただしいおつかいがちょくちょくあったなあと思う。皆さんには印象的なゲームのおつかいはありますか?
それでは今日はこのあたりで。