帰宅途中、歩き疲れてふと公園で腰を下ろしたのだが、水飲み場の近くにしぼんだゴム風船が一つ転がっているのが目に入った。その瞬間、まるで雷光が脳内を走ったように、忘れていたはずの記憶が一気によみがえった!

僕が小さかった頃、駄菓子屋の商品ラインナップがそのまま僕らの遊びのカタログだった。数十円の駄菓子の横に並んでいた水鉄砲や風船、プラスチックの輪投げやら、よくわからない小物たち。今思えばチープだったかもしれないけれど、それが僕らにとっては最高の遊び道具だった。
当時はすでにスーパーファミコンやプレイステーションが家庭に普及し始めていて、ゲーム機のある家に友達が集まるのも当たり前になっていた。だけど、それでも外遊びは忘れなかった。学校が終わればランドセルを放り投げて駄菓子屋へ直行し、何を買うかでその日の遊びの内容が決まる。
ゴム風船は特に人気で、水を入れて投げ合うだけでもう最強の大騒ぎだ。水鉄砲と組み合わせれば、少年達だけの東西関ヶ原合戦の始まり。当時『機動戦士ガンダムF91 フォーミュラー戦記0122』というこの頃には珍しいRTS系のゲームを遊んでいて、これがめちゃくちゃ難しかったのだが、作中に登場するモビルスーツ:RFザクがクラッカーという爆弾を投げるのがヤケに印象的で、水風船を投げる時の僕はこのザクになりきってクラッカーを投げていた。
他にも、当時は爆竹があった……ような気もする。けれど、僕の世代ではもう主要な遊びではなくなっていて、むしろ「危ないから禁止」という空気感だった。そう考えると、危険なものが淘汰され、代わりに安全で馬鹿騒ぎできるおもちゃが残った、ちょうど過渡期の世代だったのかもしれない。
公園の片隅で役目を終えていた小さなゴム風船。それがこんなにも鮮やかに、幼少期の記憶を引っ張り出すとは思わなかった。ポケモンの交換、人の家に集まってFF7を見学、デパートのゲームコーナーに集合してメタルスラッグに熱中、そんな風に当時からデジタルな遊びに夢うつつの僕だったが、アナログな遊びの思い出も確かに、また存在していたのであった。