「じゃあ、お前は戦士な」
「俺、盗賊ね」
「こっちのエレベーターは、たぶん敵が出る」
そんな会話を交わしながら、僕たちはマンションの階段をそっと登っていた。防火扉越しの静けさが、まるで本当に何かが潜んでいるかのように感じられて、息をひそめて歩く。僕らにとって、これは本物の冒険だった。

幼いころ、僕たちにとってマンションは格好の遊び場だった。とりわけ、友達とRPGごっこをするとき、それはもう立派な「ダンジョン」だったのだ。
階段は先に進むルート、非常階段は脱出ルート、エレベーターはワープで、最上階はボスが住む空間。ただの構造物にすぎないはずの空間が、想像力ひとつで見たこともない異世界へと姿を変えた。コンクリートの冷たさすら、まるで魔物が潜む洞窟の空気のように思えた。
あの頃、ほとんどのマンションにはオートロックなんてなかった。エントランスは開け放たれていたし、住民以外の子どもたちが出入りしても、誰も咎めなかった。探検するには十分すぎるほどの舞台だった。
冒険のあとにはみんなで駄菓子屋に集まって、持ち寄った小銭で、お菓子やチューブの容器に入ったジュースを買う。それらがRPGで言う回復アイテムのつもりだった。ダンジョン攻略のご褒美であり、次の冒険の作戦会議にもなった。
けれど今、あの頃のマンションは姿を変えた。
ほとんどのマンションはオートロックになり、セキュリティが強化され、外部の人間は簡単には入れなくなった。それは大人になった僕らにとっては安心材料であり、正しい変化だとわかっている。けれど、あの頃の僕たちが夢中になった「ダンジョン探検」は、もう再現できない。
子どもたちにとっての、現代の「ダンジョン」は今、どこにあるんだろう。
それとも、マインクラフトやゼルダシリーズ、ポケモンSVに触れて育った彼らにとっては、この世界全てが「オープンワールド」なのだろうか。
地元を通り過ぎると、大昔、小さな勇者だった僕らが探検していたマンションがまだそびえている。けれどあのダンジョンの外壁も、随分とくたびれたものだ。今もたまに、攻略不可能になった魔窟に、ふと思いを馳せる。