へたれゲーム貴族の躁鬱

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がんばらなくていい、はどこまで

『がんばらなくていい』言説。
ストレス社会においてこういった声が大きくなっていくことには世情の変化が確かに感じられる。
こういうのを言う事すら甘えたものだとする声が以前は強かったと感じるから。
デリケートな話だから、ともすればこんな事を言うのすら一種のマッチョイズムの現れだと思われるかもしれないけど『最初からがんばらないはリスキーな選択肢』であると僕は思う。

『なんとなくだるいから頑張らん!!』を初手から繰り出し続けるのは、あまりにも自分の可能性を狭める危険なムーブだと考えている。
ここで言う可能性とは、秘められたポテンシャルを探そう!みたいな格好いい話ではない。
逆に『これは出来ない!』を探すのが大事だと思っていて、それは立派な可能性探しの一種だと考えている。
日々"精一杯の努力"を持続させることで必ず限界のポイントが見えてくるけれど、そうする事で『自分には何ができないのか』といった知見を蓄えられるはずなのだ。
『何ができるか分からない』ことよりも『何ができないか分からない』まま歳を重ねてしまうことの方が恐ろしいと思う。

できないことを把握するのは自分の現状から生き方を逆算するために必要だ。
そしてそのできないことのラインにもグラデーションの濃淡があって、それは精一杯に近づけば近づくほど理解が深まるものではないか。

たとえば100のパワーで1年間過ごすとアレとコレはできないが、80のパワーならばアレもコレも可能だとか、逆に80のパワーで日々を過ごしていた時に、アレはどうも出来ないな~、と思ったものがいざ100のパワーで取り組まないといけない日々に追い込まれた時に「実は出来るじゃん」と気が付くとか。

"精一杯やる"なんて言葉で誤魔化していたけど、要するに『頑張る』ということ。
頑張れば頑張るほど、自分の限界へのアタリを付けやすくなると思う。
ただ、その限界を誤って怪我や病気に繋がることがあってはならない。
言葉では簡単だけどこれが本当に難しく、自分の限界を把握している人の方が少数だろうと思う。


……ということで今回の要点は。
1.頑張るとできないが見えてくる
2.できないを多く知る事で生き方の逆算に役立つ
3.でも頑張りすぎて倒れないでね、それが難しいけど

というだけの話でした、
ちゃんちゃん。  からの追記。


世におわす『人気の方々』って「あんまり頑張らない方がいいよ」と言うけれど頑張らないのって凄い難しいと思うんだよな。

だって"仕事に行って帰ってくる"というルーチンだけで既に余力の90%くらいを出していて、現時点で既に精神面の維持がやばくてこれ以上なんか襲ってきたらもうどうしようもない、って人は絶対いるじゃん。
そこに「よし、この資格取ってくれ」「来週この研修に出てくれ」「終業後に接待!」「ゴルフ!」「全員参加社員フットサル大会!」とかはのしかかってくるわけじゃん。

必ずしも全員がそういう環境で働いているわけではないけれど、サラリーマンという労働人口の中で比率の多くを占めている就業形態はまあこうなっちゃう人が多いわけで。
もう90%どころか140%とかそういう状態になっちゃうわけだし、じゃあそのオーダー頑張らなくていいよとはいかないでしょ。

そういった人に対して仕事や環境変えましょう!という意見もあるけど、条件や社風を吟味して変えたはずなのに今以上の地獄が潜伏していて転職が人生の丸損だったというケース、無くもないんだよな。

後は単純に入社出来たのがなんかの奇跡で、転職なんてとても難しいから今のところにしがみつかないといけないって人だっているはず。
そんなこんなを考えると、日々何の不安もなく平穏に過ごすって凄い難しいね、とか思ったり。

このブログで生き辛さみたいなものに焦点を合わせた話はもうあんましないようにしようと心掛けてきたけど、まーたまには思ってることを素直にと。

普段通りじゃない更新が挟まるのもまあ、このブログの普段通り。