へたれゲーム貴族の躁鬱

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ドリームキャスト

湯川専務の訃報。
時代のキーパーソンがまた一人いなくなってしまうのは寂しいものがある。
僕がゲームに対して出来るのは語ることくらいだ。そんなわけでセガハード、とりわけドリームキャストへの思い出を書きたくなった。

僕も友達も持っていたのは任天堂とソニーのハードばかり。
即ちスーファミとプレステだ。
初めてセガハードを見たのは小学生の頃。
いずれゲームと友達シリーズで語りたい友人『斉藤くん』、彼の家に行って『セガサターン』を見たのが初めてだった。

初めて見るクールなゲーム機!彼の家に行くとテレビ画面に映し出されていたのはいつもフェーダかシャイニング・フォース(何作目かまでは分からないが)だった。

魔神転生シリーズの影響でSRPGへ興味を持ち始めていた僕は、特にフェーダが気になった。まず躍動感あるグラフィックが凄かったし、何より二桁前半のHPを奪い合う様が緻密なゲーム性を感じさせて胸が躍った!SRPGでキャラクターのHPが16とかしかないなんて!?FEシリーズでは珍しくない数値設定であるが、それらを未経験の僕にとっては衝撃的で今でも昨日のことのように当時を思い出せる。

斎藤くんは他にも『メガドライブ』を見せてくれた。
おいおいこんなゲーム機があったなんて!ちなみに初めて遊ぶぷよぷよで彼にボコられ続けて、それが原因で対戦パズルゲームに対する心証が学生時代いまいち良くなかったことも記す。お前家でずっとやってんだから勝って当たり前だろうが!延々とぷよぷよをやらされたこと、これだけは許してない。

それがセガハードとの出会いだったが、なにぶん僕は当時小学生。あれほしいこれほしいと願ってゲーム機を貰えるような家庭でもなかったので、なんとなーく心に『フェーダ』の画面を焼き付けたまま、時は流れていった。


そして1998年。ドリームキャストの登場である。
湯川専務が登場した例のCMはあまりにも挑戦的だと思った。
当時そこまで深遠な思いを馳せていたわけではないけれど、それでも「売りたいはずの自社ハードをコキおろすなんて!」とゲームCM表現の新しさに感じ入ったことは確かだ。
とはいえドリームキャストが発売されて暫くしてからも、僕はプレステとかそのあと出たPS2を遊ぶのに手一杯だったし、何より学生時代はゲーセン通いの全盛期でもあったからポンとハードを買うわけにもいかず。

暫くしてドリームキャストの怪物タイトル『ファンタシースターオンライン』が発売してから少し経つと、友達の間でもこの"PSO"は騒がれはじめた。
僕が初めてオンラインゲームという概念を知ったのがPSOだ。

「インターネットという言葉は聞いたことあるけど、どういうものかは詳しく分からん」

という少年僕に一発でインターネットのスゴさを分からせる魔法の概念
"遠くに住んでるヤツとリアルタイムで一緒にゲームが遊べる"
マジでやばすぎるゲームだと一瞬で理解する。

急いでお年玉を丸ごと差し出してドリームキャストとPSOのソフトを購入したが、インターネットへの接続は家族が許さなかった。僕自身も『遠くの人とゲームが遊べる』以外にインターネットというものを説明する言葉を持たなかった。意味が分からないものを契約できない、とカウンターを返されておしまいだった。
だがこのPSOはオフラインモードもアホほど充実していて、オンラインに繋げなかったのは残念だったがそんなこともすぐ忘れるくらいに熱中した。
いつまでも降りてこないデ・ロル・レに声を荒げ、高難易度ダークファルスのグランツで即死しては叫んだ。画面の前で絶叫してばかりだな。

更には美少女ゲームの移植が多かったのもドリームキャストを語るうえで欠かせないと思う。美少女ゲームの師匠である同級生のゆうじくんに順調に影響を受けていた僕はAIRに手を出して涙腺が萎むくらい泣いた。

何気にシェンムーのスタンプラリーにも行った。

 




実際のところドリームキャストは僕の人生の中でそこまですんごーーく大きなウエイトを占めたハードではなかったかもしれない。PSOと他の一部のゲームには熱狂したけれども。

けれど良いハードだった。素敵な思い出がたくさんある。スタンプラリーも、当時不登校だった電車に詳しい友達を誘って外に連れ出して行った。彼の知識はとても頼りになった。家で遊んだ燃えろ!ジャスティス学園のデータをゲーセンで使えるサービスがあって、オリジナルキャラをわざわざ作ってゲーセンに持ち込んで対戦をしたこともあった。ゆうじくんがジェットセットラジオをプレイするのを皆で眺めてSuper Brothersをうろ覚えで歌った。うろ覚えで歌うもくそも俺も上野(FFTでエルムドアから源氏が盗めるってウソついたクソ野郎です)もスーパーブラザーwwって連呼しかしてなかったけど。


箱が見つかった。ああ、俺わざわざ埼玉まで買いに行ったんだ。
独特の存在感を放っていたドリームキャスト。
そのハードの広告塔としてずっと頑張ってきた湯川専務。
今まで本当にありがとう……!