へたれゲーム貴族の躁鬱

ゲーマーの雑文記。テキストサイト時代の生き残り。

OTONANO EIZO

・こっちのブログであまり大人のビデオの話はしない(した事はありますが)
・ツイートを引用してエア説教をしない
この普段から自分に課してる努力目標をダブルでタブー破壊するんだが全身から力が溢れてきて止められん


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言及先はこのレビュー。
要するに『大人のビデオには歴史が積み上げた文脈があるのでそれを守れよ』ですね。もう少し読み解くと『大人のビデオを越えようとしてシャレた映像作りをしてんじゃねえよ芸術家気取りが』という事なのだと思います。

いやですけどねこれはね
「本来アニメとはぁ、友情・努力・勝利の方程式が脈々受け継がれてきたジャンルなんですよお、だから哲学に傾倒していてエンタメ性が感じられないような作品を作らないでくださーい!!」と言ってるのと変わらんすよ。

大人の映像世界は清濁併せ呑んだフィールドなんですよ。
笑っちゃうような無理がある設定をした物語もあれば、登山ドキュメンタリーすらもある。
様式美なんてのは監督、シリーズ、メーカーで違うのだ。
大人の映像世界に感じる様式美は、同じシリーズや特定ジャンルを愛好している事による自分のバイアスそのものでしかない。
そうは言っても確実に文脈はある、と思う方もいるだろう。自分は浅学だ、具体的に自信を持って何か一つ様式美めいたものを挙げろと言われれば言葉に詰まる。ただ、例えばナニとは言わないが終わる直前に不自然にアングルが変わったら"疑似"とかはお約束じゃなくて企業努力に類する共通規格だ。無理やりモノの謎の弱々しい抵抗、とかはかなり判定が難しいが、そうしないと作品が撮影出来ないというタイプのものだと俺は判断しているので、これも上述の共通規格に寄ったものだと考える。つまりは作品作りの本質じゃあない。

理解し難い低品質な芸術映像のような作品が存在しているのも大人の映像の世界。
期待して買ったらパケ写に騙され。
表紙の女の子はフォトショ加工で。
可愛いコスプレのフリルがたくさんついたフェチズム溢れるスカートは最後にそれだけ脱がされる。
ちくしょう、上は着てるから「脱がすな」と声を大にして反論しづらい。
そうやって泣いて、騙されたぜガハハ!と笑って。

型に囚われない色んなものがあるから、大人の映像は、それがいいんだ。
すっげー"使える"というフェチなシーンだって、独りよがりなフェチズムから生まれている。
もちろん毎回同じような作品(シリーズ)を作るところもある。同人発の某三文字出版系列とか。だがシリーズが始まった第一歩は紛れもなく上記に類する熱意からなんじゃないのか。

大人の映像を撮影する監督は自分勝手で芸術家気取りであれ。
俺はそう思っている。


……

………???

ぼくは、なにをあつくなてますか?
このまえ、おとさんの、へやに、じゅくじょモノありました!
へやに、かざてある、うちゅせんかんヤマトの、もけいと、じゅくじょモノえぶいの
くみあわせは、なぜかうつしく、みえたです!
かなしくて、ざねんだけど、じつわです!

とがり。
おわり。