ええ年こいて、ようやく人間の汚ねぇ部分が見えてくるってなんなんでしょうね。
まぁでもある事にふと気がついたんです。
汚ねぇ部分が見えるのは、自身が汚ぇ人間であることの証左なんじゃねぇかなと。
ピュアであり、悪意が無い人間はそういうのに鈍感でしょうしね。
逆に、汚泥の如き悪意の感情を常に持つ自分だから敏感なんじゃないかなと。
程度はどうであれ、ピュアな友人もいれば、本当の意味での童心を失ってしまった友人もいる。
年月の流れは酷であり、直視するには刺激が強すぎた。
だからフィルタリングしていく。
ノイズが耳に入らないように。
ブラクラが目を覆わないように。
悪意が心に忍び込まないように。
一つ一つ、シャットアウトしていけば、あの頃と同じでいられるような気がするから。
でも、しょせんはするだけ、だけだから、ねぇ~。
僕が歩みを止めたのか
僕はもっと歩み続けなきゃ行けないのか
周囲が歩みを止めたのか
周囲がもっと歩み続けなきゃ行けないのか
どっちも、っていうのは無い気がする。
どっちも、だったらこんな想いは抱かないハズだろうに。
はぁ
なんか疲れたらちんこ揉んで寝るに限る。
いや実際は揉んでなんかないんだけど。もっと激しいけど。