へたれゲーム貴族の躁鬱

なんでもかんでもゲームに紐づけたがるゲーマーの雑文記。テキストサイト時代の生き残り。

ぼくとろぶ。

主にlov1,2の話です。シリーズがサービス終了して暫く経つので、思い出として。ただの自伝のようなものです。



2008年の7月9日、夏の日の事だった。
社会人1年目の僕は慣れない夜勤と、右も左も分からないうちに詰め込まれる業務知識に早くも心が磨り減り始めた頃。

友人から「スクエニがゲーセンの新作カードゲームを出した。イケてるらしいのですぐにやるべきだ」という旨のメールを受け取ったのは会社の健康診断に向かっている最中の事。翌日から4日間の夏休みに突入する事もあり、そのゲーム「LORD of VERMILION」…LoVを試しにやってみる事にしたのだ。

健康診断から帰路に着き、地元吉祥寺のゲーセンに入ると早速"LoV"の筐体へと座り、買ったばかりのスターターパックを盤面へと広げる。アーケードのカードゲームは三国志大戦ぶりで、とにかく新鮮な体験だった。自分の動きに合わせて画面上でダイナミックに動くスタイリッシュなカード群に魅了された。

FFシリーズのイメージイラストで有名な天野喜孝先生がイラストを手掛けるSRカード「オーディン」をプレイ早々引き当てた事が、僕をLoVへのめり込ませる決定的なキッカケとなった。絵柄も格好良く性能も抜群。オーディンはすぐに僕のデッキのエースになった。

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気がつけばゲームを始めた日から三日で66試合も全国対戦モードをプレイしていた。忘れもしない、この時の勝率は50%。33勝33敗。

その後も仕事帰りにも欠かさず毎日プレイを重ねる内に、自分の画面に表示されている全国ランキングが500位以内である事に気がつく。実はこれは月間でどれだけプレイしたかのランキングだったのだが、当時の自分はこれを全国的なランキングだと勘違いしてしまった。

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"もしやこのゲームで全国ランカーになれるんじゃないか?"


そう思い始めてからは止まらなかった。仕事の合間を縫ってひたすらにプレイを続ける。三国志大戦では勝率が5割を割っていた僕であったが、幸いな事にLoVでは6割ギリギリを維持していた(最終的には少し割ってしまうのだけれど)

上位陣には生涯戦績で7割以上を保持するプレイヤーが少なくなかったが、自分にとって6割は本気の努力の上に積み重ねられた数字だった。とにかく四六時中LoVの試合について考えていたし、リングノートを何冊も使い1000試合以上マッチアップをメモして環境の把握に努めた。当時吉祥寺でプレイする僕を見たことがある人は、メモ帳を広げて書きながらプレイしていたのを目撃しているかもしれない。


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最終的に、LoV1,2を合計しておよそ6000試合の全国対戦をプレイした。

恐らく僕のした努力は効率の悪い努力であり、勝率63%の壁を超えられなかったのもそのせいだと考えている。僕は非常に人見知りする気質の上、いつも独りでLoVを楽しんでいた。これが他人と交流する事を好み最新の情報を交換するようであれば、努力の方向性もだいぶ違ったであろう。7割勝ちたければ、きっとそういったコミュニケーション面の努力をすべきだったのだ。

しかしながら、僕のした効率の悪い努力は全くの無駄でもなかった。
「強くないがそこそこ画面でマッチし、全国100位くらいの位置にずっといて、頑なに種族単デッキを使ってる奴」くらいの認識をランカーの方達がしてくれていた様子だった。



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同時にLoV専用SNSでの活動も交流を広げる大きな助けになってくれた。僕はSNSに登録すると、なりふり構わずフレンド登録を飛ばす奇行に出た上で、全く意味の分からない日記を毎日2回必ず書いていた。ところがあんな日記を見てコメントをくれたり好きだと言ってくれた方がたくさんいたのだ。本当に嬉しい気持ちだ。

ともあれこの努力のお陰なのか、カードショップ・遊々亭が主催する鶯谷みとやでのlov大会に「SNSでのアイドル枠」という名誉(?)ある枠で選手として招待される事に。この件以降、自分と比べ信じられないくらい強いランカーの方々と交流する機会が一気に増えた。遊々亭大会出場は自分のlov人生の大きな転機の一つとなった。

とにかくオフ会やユーザ主催の小規模大会に呼んでもらう事が爆発的に増えたし、現場では称号レベル問わず様々な人から声をかけて頂けた。向こうから呼ばれ、声をかけられ、何もせず待っているだけで友人が増えていった。出不精で引っ込み思案な自分にとってはまるで夢のような体験であるし、このような天のめぐり合わせが無ければ逆に殆ど友達などいなかったから、僕の身に起きた一等の奇跡といえるだろう。


──病的に熱中したlov2が終了し、内容が様変わりしたlov3になっても暫くは精力的にプレイを重ねた。有り難い事にまた遊々亭から声をかけて頂き、攻略記事ではなくネタコラムの執筆を依頼されて一時期ブロガーに名を連ねていた事がある。そして遊々亭で記事を発信した事によって新たに繋がりを得た人もいた。


こうしてlovを通じて繋がったプレイヤーの中には、今でも飲み会に行ったり一緒に遊んだりする人が少なくない。僕はlovに救われた一人だ。仲間も楽しい思い出も何もかもlovに与えて貰った気さえする。

だけれど、実際にプレイを重ね拙いとはいえ努力を重ねSNSでももがくようにフレンドを求めたのは他でもない自分自身だ。僕は奇跡的に色々なものを、この必死に伸ばした手で掴めたのだろう。


時が経った。
2008年7月9日に僕が初めて触れたLoVシリーズは、2019年8月31日についにサービスを終了した。
10年以上楽しませて頂き、かけがえのないものを沢山貰い、今もなおもらったものに助けられている。

お世辞にもバランスの良いゲームではなかったし、ゲーセンで発狂しかけた事も幾度となくある。ニコニコ動画に載った頂上対決のコメントに「この人見たことあるけど熱くなると周りが見えなくなってる」「単純に雑魚」などと書かれた事もある。俺の何を知っているというのだクソめ。平時の対戦においてもクソみたいに不利なマッチアップに声を荒げた事もある。良い事も、クソな事も、平等に、たくさんたくさんあった。

そんなLoVシリーズが基本的には好きだったけど、嫌いになった事もあったし、親密に付き合っては時には離れてと、まるで生きている人間と付き合っているような感じだった。

LoVありがとう。
楽しかった。
いつの日かまた元気な姿を見せてくれた時には会いに行くと誓う。
LoVと、そしてLoVの運営・開発に関わった全ての方へ、遅いご挨拶となりますが、本当にお疲れ様でした。

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