へたれゲーム貴族の躁鬱

ゲーマーの雑文記。テキストサイト時代の生き残り。

自分は自分の人生という物語の主人公なのだろうか

俺は自分の人生という物語の主人公であるのだろうか。


思えば昔から世の中に対してほどほどに冷笑的な子供だった
そんな性格になったのはとある事件がキッカケで、今でも思い出す事ができる。

小学生4年生に上がり、初めてクラス委員という制度に触れた時の事だ。
図書室に足繁く通っていた俺はもちろん図書委員に立候補した。
対抗馬として手を挙げたのはクラスで一番の人気者、サッカーが上手くて美形の樺山くんだ。
委員の枠は一つのため投票により雌雄を決する運びとなったが、敗北のビジョンなど一切見えなかった。

俺が図書室に通い詰めている事をクラスは全員知っているし、樺山くんが勉強や本といったものから遠い存在である事は同様に周知の事実であったからだ。



結果は惨敗だった。

子供に委員の適正なんてものは理解出来ないだろうし単純に彼の人気が俺を遥かに上回っていたのが理由だと思う。

もしかしたら俺は傍目からは物事に意欲的な人物には見えず、スポーツを元気にこなす樺山くんの方が図書活動にも向いているという意味で皆が適正を汲み取った結果なのかもしれないが、その真意は知る由もない


とにかくこの出来事は俺にとっての呪いだった。
言葉を取り繕わず乱暴に言えば、悩みのなさそうな陽気でスポーティーなヤツが世の中得するように出来ているのだと、世の中に対して冷ややかにそう思い込むようになった。

俺は主人公ではないのだと、このあたりで意識を植え付けられたのだと思う。


そんな事件があってからどこか冷めた子供になっていた俺は、同年代のみんなが持っている情熱や夢などが皆無といって良かった。
当時ゲームで繋がった仲の良かった同級生は全員、卒業文集の将来の夢にゲームクリエイターと書いた。
サラリーマンと書いたのは俺だけだった。

俺は喜ばなければならないはずだ。
小学生の頃に夢見たはずのサラリーマンになっているのだから。

本心からサラリーマンなんて書いたわけじゃないのはもちろん自分が一番良く知っているのだが。


俺は本当にこの人生の主人公なのだろうか。
子供の頃からなんとなく分かっていたはずだ。
人生とは、劇的で、情熱的で、夢や冒険に溢れたものなどではないと。
児童誌や少年層向けゲームで描かれる登場人物の希望溢れる輝かしい生き様は、あくまでもフィクションなのだと。

子供の頃俺はそれらをなんとなく分かってフリをしていただけに過ぎなかった。
いざ自分が一介のどこにでもいる社会人として雑踏に埋もれて生きていく事で、初めて心からそれを理解できた。

自分が主役であるような芝居がかったイベントなどとは切り離された日常をこれまで過ごし、きっとこれからも過ごすというのだという事を。



輝かしい生き方をしている人は、人類の何%くらいなのだろうか。
1%もいないんじゃないかと思っている。
だったら、99%に埋もれるのは至極当然だと理解はしていながら、感情が追いつく事が出来ない。

なんとなくくたびれていく事にただ、じんわりとした恐怖がある。
創作の主人公達のような、眩しく幸福な人生を歩む事は恐らく無いのだと思う。


幸福な人生は難しい。
しかし主人公にも様々な生い立ちのものがいるはずだ。

俺の好きなゲームという創作物にも、ドギツい境遇の主人公はいくらでもいたんじゃないだろうか。果たして全員が全員、大団円の幸せな結末を迎えていたのだろうか。

ドラクエVの主人公みたいに10年奴隷になりたくはないし
LIVE A LIVEオルステッドみたいに裏切られた末に魔に堕ちたくもない
西風の狂詩曲というゲームの主人公を知っているだろうか、簡潔に言うと巌窟王がモチーフでまぁそういう壮絶な人生を歩んでいる


なんだ、主人公と一口に言っても色々あるんじゃあないか。

じゃあきっと、俺もささやかな物語の主人公なんだろう。


幸福な人生は難しい。
だが出来る範囲で楽しく過ごす事は出来るんじゃないか。
まあこれはショーペンハウアーの幸福についてからの受け売りなんだけど。

幸福だなあと思うことはほとんど無い
だが楽しい事ならちらほらと転がっている。

日曜日の朝に陽射しのなか近所の自然公園を散歩する時間を愛している。
2つ前の職場の同僚とは毎月飲みに行くが、皆いつもコンプラワード連発のテンションで心が洗濯されるのを感じる。
もう8年ほどTRPG卓でサイコロを振っているが未だに夢中になれる。
クソみたいなツイートを投稿した時などは大体晴れやかな気分だ。

どれも幸福を感じられるほど大仰なものではないが、楽しいという感情を埋めてくれるパズルのピースである事に違いはない。


そう考えると俺は一応、なんかそういう小さな楽しさを拾い集めてなんだかんだやっていくという、そういう物語の主人公なのかもしれない。


あなたは主人公、やれていますか?