へたれゲーム貴族

未知の世界への鍵(ゲーム)を手に。

ゲームと数学の先生「ファイナルファンタジータクティクス」

以前FFTことファイナルファンタジータクティクスにまつわる友達との思い出話をしたが、この作品を通じての出来事はもう一つある。今日はFFTがきっかけで親しみがもてるようになった鬼先生の話をしたい。




勉強が大の苦手な僕は、中学生時代の成績は30人中で下からおよそ10番目。僕自身が進んで勉強するような真面目な性格ではなかった上に、授業のコマを犠牲にしての学級会がほぼ毎日開かれていたレベルの"学級崩壊"が起きていた小学校に通っていた事など、成績の悪さには様々な要因が重なっていたと思う(一番の原因は僕の努力不足に違いはないが)

数学が特に苦手だった。勉強しようにも、問題を解く前提となる式がどこで習ったか分からない。古い教科書をめくり右往左往しているうちに時間だけが過ぎて何も手につかない。どこが分からないのかが、分からない。

そんな僕のクラスの数学を二年間受け持ったのは、鬼のような難問を繰り出す事で知られる宇田川先生だった。

この先生は常日頃から「オレの問題を十分に解けるヤツは開成高校(都立で偏差値一位の高校)に簡単に合格できる」と豪語しており、事実、先生のテストはめちゃくちゃに難しかった。二年間通して、中間・期末テストの数学のクラス平均点は35点を超える事がなく、最高点が50点台という事すらしばしばあった。

以前ゲームと友達シリーズに登場したFFT好きの上野と、当時仲良くしていて今でも付き合いがある桜井、そして僕の三人はクラスのゲームバカトリオといった立ち位置で、三人揃ってこの数学のテストは毎回5点や10点であった。

六時限まである気怠い授業をクリアしても、数学がある日は必ず宇田川先生の補習というEXステージに突入しなければならない。クラスは30人いたが、補習はいつも20人ほどと、半数以上が受けていたので面倒だと感じても気持ち的にはあまり辛くなかったのを覚えている。

数学の鬼先生…宇田川先生との意外な絡みが発生したのはある日のこと、補習を終えたあとすぐ帰らずに上野と桜井の三人で、FFTの話をしていた時だった。

僕らは三人とも数学はからっきしだが、ゲームの世界では算術をマスターし戦場を自在に支配する魔術士といっても過言ではない。僕らが好んでいたRPGSRPGは、詰まるところ終始リソースの管理を要求されるジャンルだからだ。

僕らが熱中していたFFTSRPGに分類されるゲームである。このゲームには算術士というジョブ(キャラクターが成れる駒の種類)があった。

f:id:sizaemon:20190610190638j:plain
算術士。独特の髪型に知性が集約されている。恐らく。

この算術士は戦場にいるキャラクタの「レベル」「位置」「行動順」といった数値を、正の倍数やら素数やらで参照する事で対象を選んで、魔法の影響を与えるという能力を持つ少し難解なジョブだ。しかし、使いこなせればゲームバランスを容易く崩壊させる強力なジョブだった。

例えば戦場にいるレベルが3倍数の全ての存在に好きな魔法をかける、といった使い方が出来る。

この使い方であればレベルが39の敵しか出現しないエリアなら、レベルの3倍数で攻撃魔法を指定して放つ事で、初期位置から動かずとも敵を全滅させる事が可能である。該当する条件の味方も巻き込んでしまうのがネックだが、工夫次第でデメリットを打ち消す事も出来る。

算術の強さについてはファンの間では語り草で、詳しく説明すると長くなるので算術を絡めた具体的な戦略については他の攻略サイトの紹介に譲る事にする。

僕も上野も桜井も、飽きる事なくFFTを2周も3周もクリアしてきたプレイヤーで、この日もFFT談義に花を咲かせ、話題が算術の"素数"に移った。

詳細は省くが、算術は基本的には4か5の倍数で敵が持つCT(行動速度)という数値を参照していれば能力を十分発揮できるのだが、敵キャラクターがここにしばしば「23」や「79」といった中途半端な数値を保持する事があった。この時に役立つのが素数(2,3,5,7,11…といった正の約数が1と自身以外に無い数)を参照して算術を放つ技だ。素数を使いこなすと、戦場でピンポイントに対象を絞れる事もしばしばあって、僕ら三人は100までの素数を暗記していた。

そんな素数の話をしているところに覆いかぶさったのは少し威圧的で掠れた声。

素数?お前ら素数って言ったのか?」

宇田川先生が教壇から身を乗り出してこちらを睨んでいた。僕らは思わず萎縮してしまうが、気を振り絞って「はい。1と自分以外で割り切れない、素数の話です。ゲームに出てくるんです」と答えた。

宇田川先生は目をまあるく見開いて、今まで見せた事のない興味深そうな表情をして、矢継ぎ早に言葉を繰り出してくる。

「ゲームに素数が出るのか?お前ら、数学のゲームをやっているのか?」
「いえ、僕らがやってるのは普通のゲームで、そこに算術というのが出てくるんです」

僕らは簡潔にFFTのゲーム内容とそこに登場する算術について説明をした。恐る恐るだ。先生の反応はと言うと…

「……そうか。お前ら難しいゲームをやってるんだな。タクティクスって言葉は戦術って意味がある。それは勉強になる良いゲームだな

というものであった。ゲームなんかで何も学べるか!とか、遊んでないで勉強しろ!とか、そんな感じで怒られるんじゃないかと思った。しかし、先生は意外にも僕らの話をじっくり聞いてくれた上に、ゲームへの偏見を見せるどころかFFTを褒めてくれたのだ。

この時期はゲーム脳だのなんだのとゲームを悪にしたい論争が盛んで、ゲーム雑誌にも世相に(時には茶化して)反論するようなコラムが散見されていたような時期である。大人相手にゲームの話なんかしたくはなかったから、とても驚いた。

その日から少しだけ…宇田川先生との距離が縮まった。分からない部分を質問しに行けるようになったし、僕ら三馬鹿が会話しているのを見て、クラスの皆もちょっとずつ先生に歩み寄っていった。

平均点が30を超えない無茶苦茶なテストを作って発言も怖くて偏屈な、近寄り難い数学の先生は、平均点が30を超えない無茶苦茶なテストを作り発言も怖くて偏屈ぽいけど…近寄り難くは無い数学の先生に、レベルアップした。

先生も先生で、少しお茶目なところを発揮するようになった。中でも忘れられないのが修学旅行の消灯後に、全員でジョジョの話をしているところ急に入ってきて
「うるさいぞお前ら、早く寝ろ!…ちなみに俺はホルホースが好きだ」とだけ、ぼそっと言って出て行った事だ。あんな堅物そうな先生でも漫画を読むんだ…と全員で驚いて余計眠る事ができなかった。翌日から先生のあだ名に"スタンド使い"が追加された。


とまぁ、色々あったのだけれど。

現実はそれほど美談ではないから、僕が気軽に質問するようになって成績が上がったかと言われると、まぁそんな急に成績が変わる事はなかった。10~15点くらいは取るようになったけど、それだけだ。


これが僕らと宇田川先生のゲームのお話の全てである。

小学校の担任の先生は、堅物なスポーツタイプの若い先生だった。テレビゲームについても「死んでもやり直せるから遊ぶと自制が効かない人になる」だの「暴力事件が起きるのはストリートファイターが流行っているから」と、しばしば言い放つ人で、大人は一つの要素を取り上げて先入観の一つで全てを否定してくる存在なんだと、僕自身も先入観で決めつけていた。

そういった偏見を少し溶かしてくれたのは紛れもなく宇田川先生だ。なぜ数学落ちこぼれの僕らが素数を話題に上げていたかを尋ね、そこからゲームに登場する数学の話題を取り上げて、ゲームだからと馬鹿にするのではなく、内容へ真剣に向き合ってくれたお陰だ。

大人=全てダメという間違った公式を覚えていた僕に、違う式を提示してくれた宇田川先生はとても素晴らしい数学の先生だったのだ。僕は今でも先生とFFTの話をして、色々な交流が出来た事を誇らしく思っている。